メギスティス・ラウラ(読み)めぎすてぃすらうら

世界大百科事典(旧版)内のメギスティス・ラウラの言及

【アトス】より

…また,この地は,中世以来広く正教世界全体にとっての聖地と見なされてきたところから,〈聖なる山(アギオン・オロスÁgion Óros)〉とも呼ばれる。アトスと修道思想の結びつきが始まる時期は明らかでなく,数々の奇跡に彩られた草創伝説はともかく,今日ではビザンティン皇帝の援助のもとに,アトス最初の本格的な共住制の修道院メギスティス・ラウラMégistis Lávraが創設された963年が最も確かな建国の年とされる。971年もしくはその翌年にアトスの憲章に相当する〈第一の戒律(プロト・ティピコンPrōto Typikon)〉が公布され,そこには早くも帝国による自治権の保障をはじめ,領界の確定,修道院の組織運営と諸規律など,今日みられる諸制度の枠組みが示されている。…

※「メギスティス・ラウラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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