メフメト・エフェンディ(読み)めふめとえふぇんでぃ

世界大百科事典(旧版)内のメフメト・エフェンディの言及

【サバタイ・ツビ】より

…1648年以後,カイロ,イスタンブール,エルサレム,テッサロニキを遍歴して宗教改革を説き,65年,イズミルでみずからメシアであることを宣言。彼の運動はユダヤ教徒の選民思想・終末観と結びついて,広くヨーロッパにまで拡大したが,彼はオスマン帝国当局により逮捕されたのち,イスラムに改宗しメフメト・エフェンディMehmet Efendiを名のった。支持者の多くはこれにより離反したが,一部の者は改宗を装いつつサバタイ派の運動をつづけた。…

※「メフメト・エフェンディ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む