ラウペンの戦(読み)らうぺんのたたかい

世界大百科事典(旧版)内のラウペンの戦の言及

【ベルン】より

…スイスの首都で,スイス連邦を構成するカントン(州)およびその州都名。人口12万7000(1996)。アーレ川湾曲部の段丘上に1191年にツェーリンゲン家によって建設された。1218年同家の断絶によって帝国都市となり,13~14世紀から積極的に周辺領域を購入して都市国家を形成してゆく。領域拡大に反発した西スイス地方の貴族層を1339年ベルン南西のラウペンLaupenの戦で打ち負かし,53年にはスイス盟約者団のうちの原初3邦とゆるい同盟関係に入った。…

※「ラウペンの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む