ラツィン,K.(読み)らつぃん

世界大百科事典(旧版)内のラツィン,K.の言及

【ユーゴスラビア】より

…戦前のベオグラードでは,詩人ツルニャンスキダビチョらが表現主義から超現実主義風の作品を発表する一方,ヌシッチは風刺で現実を笑殺した。
[第2次大戦後の文学]
第2次大戦後の社会主義期には,マケドニア語が詩人コネスキらの努力で文語として確立し,K.ミラディノフやラツィンKočo Racin(1908-43)の伝統を継いで,ヤネフスキSlavko Janevski(1920- ),ウロシェビッチVlada Urošević(1934- )らが輩出し,詩壇に新風を吹き込んだ。 ユーゴスラビアは1948年にコミンフォルムと衝突したため,他の東欧諸国に先がけて社会主義リアリズムの呪縛から脱することができた。…

※「ラツィン,K.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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