ラット・ジョール(読み)らっとじょーる

世界大百科事典(旧版)内のラット・ジョールの言及

【ウォロフ王国】より

…それ以降,王国間で覇権争いが繰り返されたが,フランス人植民者がセネガルに来て後,18~19世紀にかけてまで,おのおのは王国としての機能を果たしていた。特にカヨール王国の最後の王ラット・ジョールは19世紀半ばから20年以上にわたって激しい反仏抵抗をしたことで知られている。各王国の王はイスラム教には冷淡だったようで,ウォロフ族の多くが改宗するのは18~19世紀以降のことである。…

※「ラット・ジョール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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