リーフ戦争(読み)りーふせんそう

世界大百科事典(旧版)内のリーフ戦争の言及

【アブド・アルカリーム】より

…モロッコのリーフ戦争の指導者。アブデル・クリムAbdel Krimとも呼ばれる。…

【モロッコ】より

…フランス地区の初代統監はリヨテであり,武力による弾圧のかたわら,利益誘導による懐柔で旧支配者層を利用し,またアラブとベルベルの対立をあおる分割統治策をとった。北部のスペイン支配に対するリーフ戦争(1921‐26)でスペイン・フランス連合軍に敗北した後,フランス人,スペイン人入植者が増加し,それぞれの地区で地方政治の実権を握り,本国と入植者による二重支配の体制が確立した。それとともに本国資本による経済開発が道路,鉄道,港湾施設などのインフラストラクチャーを中心にして進められ,また入植者による農業開発が行われた。…

【リーフ】より

…東部は起伏の緩やかな丘陵地,平原に連なる。1921年にはアブド・アルカリームを指導者とし,スペイン,フランスの植民地軍を制圧したリーフ戦争が展開され,23年にはリーフ共和国が樹立されたが,26年に敗北した。【福田 邦夫】。…

※「リーフ戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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