世界大百科事典(旧版)内のルイジの言及
【ゴンザーガ家】より
…13世紀末にはマントバ,ブレシア,フェラーラ,レッジョ,クレモナ,ベローナ,イブレアに土地を所有する勢力家となる。身分的にも1328年ルイジ1世がボナコルシ家を追放してマントバのカピターノに就任して以後,市の主要官職を同家が独占する。クレモナ,レッジョ,レニャーノ等に支配を拡大し,皇帝から1433年辺境伯位,1530年公爵位を授けられ,翌年婚姻関係からモンフェラート辺境伯位も加わる。…
【マントバ】より
…ルネサンス期には,拮抗する三大勢力(ミラノ,ベネチア,教皇領)の緩衝地帯として政治上重要な地位を占め,また学芸擁護の中心地ともなった。ルイジ3世(在位1444‐78)はルネサンスを代表する英明君主で,都市を整備するとともに,建築家L.B.アルベルティを招請し,サン・セバスティアーノ聖堂,サンタンドレア聖堂の設計を委嘱。また,A.マンテーニャを宮廷画家として抱え,〈カメラ・デリ・スポージ〉に一族の生活を主題としたフレスコ画を描かせた。…
※「ルイジ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」