レフォルマ法(読み)れふぉるまほう

世界大百科事典(旧版)内のレフォルマ法の言及

【フアレス】より

…また,反対勢力との抗争に必要な出費を補うためにあえてアメリカに不利な借款を申し出た。同時にレフォルマ法Leyes de Reforma(1859)を断行し,教会と国家の分離をはかって,教会財産の国有化,教会権力が関与しない婚姻法,戸籍法,墓地法を立案した。M.ミラモンが自由主義派の勢力に敗れると彼は大統領に就任(1861)したが,国会が2ヵ年の対外負債凍結を宣言するに至り,イギリス,フランス,スペイン3国軍隊がベラクルスに上陸し,フアレス打倒に加勢した。…

【レフォルマ】より

…革新派は1854年のアユトラ革命を契機としてフアレス法(1855),レルド法(1856),1857年憲法などを制定し,改革に着手した。そしてついに59年にレフォルマ法の断行となった。レルド法以上に教会財産を規制したこの土地所有法は,レフォルマ精神の集大成と考えられている。…

※「レフォルマ法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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