ロスタの窓(読み)ろすたのまど

世界大百科事典(旧版)内のロスタの窓の言及

【ロシア・ソビエト美術】より

…ロシアのキュビスムは未来派と融合しながら,D.D.ブルリューク,I.A.プーニ,N.I.アリトマンらを中心に急速に非具象にむかったが,そのなかで白地に黒や白の正方形,円,十字形を配して宇宙的瞑想を表現するマレービチの〈シュプレマティズム〉と,鉄・木・紙・セッコウの身近な素材をレリーフ状や宙吊りに組み合わせる,タトリンの構成主義の対立が深まった。 十月革命直後の内戦と外国軍干渉の時期,〈街路はわれらの絵筆,広場はわれらのパレット〉とうたったマヤコフスキーは,電報で注文をうけるとすぐステンシル印刷や木版でポスターを刷って届ける〈ロスタの窓〉を組織した。ペトログラードの革命1周年記念日に,アリトマンは冬宮の壁を未来派風の絵で飾り,広場中央に巨大な抽象彫刻を置き,武装兵士や群衆を照明で照らすページェントを現出させた。…

※「ロスタの窓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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