ロセリョン(読み)ろせりょん

世界大百科事典(旧版)内のロセリョンの言及

【フェリペ[4世]】より

…しかしウェストファリア条約(1648)の結果,オランダは正式に独立を承認され,同じハプスブルク王家を頂くスペイン,オーストリア両国の国際的地位は大幅に低下した。宿敵フランスとは長年にわたって激しい対立抗争を続けてきたが,形勢は日増しに悪化し,オリバレスの失脚後,その後を継いだ新しい寵臣ルイス・デ・アロLuis Menéndez de Haroは,ピレネー条約(1659)によってスペイン,フランス国境周辺のロセリョン,セルダーニャ両地方を失うなど,ルイ14世に屈服した。国内では,オリバレスの強圧的な中央集権化政策に反発して,1640年からカタルニャ,ポルトガルをはじめ,アンダルシア,アラゴン,シチリア,ナポリなどで相次いで反乱が起こった。…

※「ロセリョン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む