世界大百科事典(旧版)内のローヤル・シェークスピア劇場の言及
【ストラトフォード】より
…旧市内および近郊には1564年にシェークスピアの生まれた家(現在は博物館)や晩年の彼が1616年に世を去るまで余生を送った邸宅ニュープレースの跡(現在は公園)をはじめ,文豪ゆかりの教会,学校,民家などが残されており,教区教会ホーリー・トリニティの内陣には彼の墓がある。河畔にあるローヤル・シェークスピア劇場(1961年以前はシェークスピア記念劇場と呼ばれた)は1879年に建てられたものが焼失したのち1932年に再建されたものである。この劇場はローヤル・シェークスピア劇団の本拠として常時文豪の作品を上演し,また毎年ここでシェークスピア・フェスティバルが開かれ,イギリスの演劇活動の一つのメッカとなっている。…
【ローヤル・シェークスピア劇団】より
…1960年,シェークスピアの生地ストラトフォードのシェークスピア記念劇場の責任者であったP.R.F.ホールの計画によって恒久的劇団が結成され,翌年ローヤル・シェークスピア劇団の名で活動を開始。ローヤル・シェークスピア劇場と改称された同劇場と,ロンドンに新たに獲得したオールドウィッチ劇場を本拠とする。68年,ホールに代わってナンTrevor Nunnが芸術監督となり,78年ハンズTerry Handsが共同責任者として加わった。…
※「ローヤル・シェークスピア劇場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」