ワーディー・アルアラバ(読み)わーでぃーあるあらば

世界大百科事典(旧版)内のワーディー・アルアラバの言及

【パレスティナ】より

…パレスティナ北端のガリラヤ山地(ジャリール山地Jibāl al‐Jalīl)はその北のレバノン山地に連結しているが,ガリラヤ山地にはサファドやナザレなどの都市が生まれた。ユデア山地からさらに南方のパレスティナ南部は,紅海のアカバ湾に突き立つ形の剣の切っ先あるいは銃床にもあたる大きな三角地帯をなすが,この部分はネゲブの砂漠で,それは西のシナイ砂漠にそのまま連なっており,東は,ヨルダン地溝帯のうち死海から南の部分すなわちワーディー・アルアラバWādī al‐‘Arabaを隔ててヨルダン南部のシャラーフ山地の荒野と向き合っている。パレスティナの地中海に面した平野や山地,さらにサマリア山地とガリラヤ山地との間に広がるエスドラエロンの平野(イブン・アーミル平原)では,果樹や穀物の栽培が古くから盛んであった。…

※「ワーディー・アルアラバ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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