アイケ・フォン・レプゴウ(読み)あいけふぉんれぷごう

世界大百科事典(旧版)内のアイケ・フォン・レプゴウの言及

【ザクセン】より

…したがって,13世紀いらい,この地においては,政治的・国制的意味において〈ザクセン〉が語られることはなくなり,ただ言語,法,民俗生活のレベルについてザクセン的特色が云々されうるのみとなった。そうしたもののうち最も重要なものが,13世紀前半にアイケ・フォン・レプゴウによって作成された私撰の法書ザクセンシュピーゲルであったことはいうまでもない。
[オーバーザクセンとザクセン選帝侯国]
 後のオーバーザクセン地方は,初期中世のザクセン部族とは何の関係もなく,もともとはスラブ人の定住地であった。…

※「アイケ・フォン・レプゴウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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