アミアン条約(読み)あみあんじょうやく

世界大百科事典(旧版)内のアミアン条約の言及

【対仏大同盟】より

…第1次は,1792‐93年にオーストリア,プロイセン,イギリス,オランダ,スペインなどの間で結ばれたが,フランスとプロイセン,スペインとのバーゼル条約(1795)およびオーストリアとのカンポ・フォルミオ条約(1797)によって解消した。第2次は,98年にイギリス,ロシア,トルコ,オーストリア,両シチリアなどの間で結ばれたが,オーストリアとのリュネビル条約(1801)およびイギリスとのアミアン条約(1802)によって解消した。第3次は,1805年にイギリス,オーストリア,ロシア,スウェーデンなどの間で結ばれたが,オーストリアとのプレスブルク条約(1805)によって解消した。…

【トリニダード・トバゴ】より

…17世紀末にはカカオとタバコの栽培によってある程度の繁栄がみられるようになり,18世紀にはフランス人がサトウキビの栽培を始め,1787年に最初の砂糖工場がつくられた。そして1802年,アミアン条約によってイギリス領に移行した。 またトバゴ島も,1498年コロンブスによって〈発見〉されてスペイン領になったが,1632年にはオランダが占領し,1781年から1802年まではフランス,1763年と93年にはイギリスの支配下に置かれた。…

※「アミアン条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android