アンドレエスク,I.(読み)あんどれえすく

世界大百科事典(旧版)内のアンドレエスク,I.の言及

【ルーマニア】より

… アカデミズムとの戦いは1870年以降で,バルビゾン派に属していたグリゴレスクが外光主題と印象派の技法をルーマニア美術に持ち込んだ。その後継者であるアンドレエスクIon Andreescu(1850‐82)はメランコリックな風景画を描き,ルーマニア近代絵画に深みを与えたが,パリから帰国した年に病没した。 1896年のブカレスト独立芸術家のサロンを創設して指導的立場にあったのがルキアンStefan Luchian(1868‐1916)で,彼はパリのアカデミー・ジュリアンで学び,1901年以降病魔と戦いながらも劇的で情熱的な作品を描き,20世紀前半のルーマニア画壇に大きな影響を与えた。…

※「アンドレエスク,I.」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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