エストニア文学(読み)えすとにあぶんがく

世界大百科事典(旧版)内のエストニア文学の言及

【エストニア】より

…フルトJ.Hurtらによるフォークロア収集運動も民族文化の発展に寄与している。ヤンセンの娘コイトゥラは《野の花》(1866),《エマ川の小夜鳴き鳥》(1867)により祖国愛をうたいあげ,エストニア文学に真紅の花を咲かせた。次に詩人リーブJ.Liivは暗い世相を嘆き,ビルテE.Vilde(1865‐1933)は自然主義的小説《寒い国》(1896)を発表した。…

※「エストニア文学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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