ガラタ(読み)がらた

世界大百科事典(旧版)内のガラタの言及

【イスタンブール】より

…1853年にボスポラス海峡沿いにバロック様式を模したドルマバフチェ新宮殿Dolmabahçe Sarayıが完成すると,宮廷はそこに移った。西ヨーロッパ諸国との貿易が拡大すると,ビザンティン時代以来外国人商人の居留地として知られていたガラタGalata地区が発展し,その隣のベイオウルBeyoğlu地区ともども新しい商業・文化の中心となり,モスクの光塔(ミナレminare,ミナレット)の林立する旧市街と好対照をなした。新市街にはヨーロッパ各国の大使館(現在は領事館)が軒を並べ,外国人商人や,これと結んだ非ムスリム少数民商人たちがモダンな店を構え,またイタリアの作曲家ドニゼッティGiuseppe Donizetti(Gaetanoの兄)などの〈御雇外国人〉も多数居住した。…

※「ガラタ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」