キリア(読み)きりあ

世界大百科事典(旧版)内のキリアの言及

【モルドバ】より


[シュテファン大公時代の繁栄]
 このように当時の東ヨーロッパにおける三大強国のはざまにありながら独立を目ざし,公国の最も輝かしい時期を築いたのがシュテファン大公(在位1457‐1504)であった。彼はまずポーランド王と同盟を結び,1465年に当時ハンガリーとワラキアが支配していたドナウ川下流の港市キリアChiliaを奪い,67年にはハンガリー王マーチャーシュ1世の軍を迎え討ってバイアで大勝した。次いでスルタンへの貢納を拒否し,75年にバスルイVasluiの会戦でスレイマン・パシャ軍を破った。…

※「キリア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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