世界大百科事典(旧版)内のサン・フランチェスコ教会の言及
【アッシジ】より
…中部イタリアのウンブリア州の町。人口2万4440(1981)。スバジオ山地南麓に位置し,中世都市の外観を呈する。古くは古代ウンブリア人の町で,アウグストゥス帝の時代に栄え,アシシウムAsisiumと呼ばれた。古代ローマ時代の繁栄は,ミネルバ神殿,円形劇場,フォルムなどの遺跡にしのばれる。しかし,町が知られるのは,フランチェスコがここで生まれ,彼とフランシスコ会ゆかりの聖所が町や近郊に残されているためで,イタリアの主要な巡礼地である。…
【ゴシック美術】より
…これらに対して注目すべきは,フランシスコ会,ドミニコ会の建築である。アッシジのサン・フランチェスコ教会(1228‐53)はイタリアにおける最初のゴシック建築の一つであるが,フランスのアンジュー地方の初期ゴシック様式を採ったものである。13世紀後半から,イタリアをはじめ全ヨーロッパの都市にひろまった両托鉢修道会の特色ある建築は,フィレンツェのサンタ・クローチェ教会(フランシスコ会),サンタ・マリア・ノベラ教会(ドミニコ会)にうかがうことができる。…
【ジョット】より
…フィレンツェ近郊のコレ・ディ・ベスピニャーノColle di Vespignanoに生まれ,最初チマブエの工房で修業をし,次いでローマに行き,カバリーニや古代の美術,またアルノルフォ・ディ・カンビオの彫刻に触れ,研鑽を積む。最初期の作品として,フィレンツェ洗礼堂のモザイクのための下絵をあげる史家もいるが,一般的には1290年前後の作になるアッシジのサン・フランチェスコ教会上堂に描いた新・旧約聖書に主題をとる数場面とされる。引き続き同教会内上堂に96年ないし97年ころから〈フランチェスコ伝〉の連作壁画を手がけるが,全場面が彼の作ではないことは,現在諸学者の一致して認めるところである。…
※「サン・フランチェスコ教会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」