世界大百科事典(旧版)内のシュリーバイシュナバ派の言及
【アールワール】より
…7世紀ころから南インド,とくにタミル地方のビシュヌ派の一つであるシュリーバイシュナバ派Śrīvaiṣṇavaの形成に絶大な影響を与えた一群の宗教家たちのことで,〈神を直証する人〉を原義とする。ティルマンガイ,ナンマールバールなど12人を数えるが,中でもナンマールワールが有名である。…
【ナンマールバール】より
…9世紀後半~10世紀前半の人。南インドのビシュヌ教団シュリーバイシュナバ派の開祖とされる。別名シャタコーパŚathakopa。…
【ビシュヌ派】より
…これらすべては,六つの属性(叡智と5種の力)をそなえたビシュヌ(バースデーバ)にほかならないが,そのうちの二つずつが顕現してサンカルシャナなどになるとされる。この派は,南インドのタミル地方で,バクティ(神への絶対的な帰依,信愛)の念にあふれた宗教詩を熱烈に歌いながら寺から寺へと渡り歩いたアールワールと呼ばれる一連の神秘主義的詩人たちの活動を基盤にして,シュリーバイシュナバ(シュリーとビシュヌ)派を生み出した。この派からは,有名な哲学者ラーマーヌジャが現れ,この派の教義をベーダーンタ哲学として整備し,シャンカラの不二一元論に対抗して被限定者不二一元論を唱導し,バクティを解脱への道の最高の手段とした。…
【ラーマーナンダ】より
…インドの宗教家。シュリーバイシュナバ派のラーマーヌジャ派系統に属し,1434年ころにワーラーナシーに来てラーマ崇拝,すなわちクリシュナ,ラーダーに対してではなく,ラーマとシーターに対する純粋な信仰を広めた。シュリーバイシュナバ派が下層階級に同情をもちつつもカースト制度を是認していたのに反対し,その差別を撤廃した。…
※「シュリーバイシュナバ派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」