世界大百科事典(旧版)内のシー・サワン・ウォンの言及
【インドシナ戦争】より
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【第1次インドシナ戦争】
19世紀末以来,上記3国はフランスの植民地下にあったが,第2次大戦中は日本軍が進駐していた。1945年3月,日本軍はクーデタによってフランス勢力を倒し,かわってベトナムのバオダイ帝,カンボジアのシアヌーク王,ラオスのシー・サワン・ウォン王を擁立して独立させた。同年8月日本軍が降伏するや,ベトナムでは反日抵抗組織ベトナム独立同盟会(ベトミン)が,インドシナ共産党の主導の下に各地でバオダイ政権からの奪権闘争を行い,9月2日ベトナム民主共和国を樹立した。…
【ラオス】より
…教育面では愚民政策が採られ,人材養成が欠落し,植民地経営に奉仕する経済体制がつくられた。 1945年4月に日本軍の後押しでルアンプラバン王シー・サワン・ウォンSi Savang Vongがラオスの独立を発表したが,日本の敗戦後すぐにフランスは降下部隊を使ってこの反仏の芽をつんだ。これに対して,日本の敗戦直後に結成されたラオ・イッサラ(〈自由ラオス〉の意)は,45年10月ビエンチャンにラオス臨時政府を樹立した。…
※「シー・サワン・ウォン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」