世界大百科事典(旧版)内のゼロ・ファイターの言及
【ゼロ戦】より
…1937年から三菱重工業が堀越二郎を設計主任として開発を行い,39年初飛行,以後海軍により試験・改良が行われ,40年(皇紀2600年)制式採用となった。皇紀の末尾数字を取って零式といわれるが,アメリカが“ゼロ・ファイター”と呼んだため,ゼロ戦の呼名が戦後普通になった。旧日本軍機のなかでは最大の1万0430機が生産された。…
※「ゼロ・ファイター」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」