ディノチッタ(読み)でぃのちった

世界大百科事典(旧版)内のディノチッタの言及

【ラウレンティス】より

…1950年には,映画製作者のカルロ・ポンティCarlo Pontiとともにプロダクションを設立,ロベルト・ロッセリーニ監督《ヨーロッパ一九五一年》(1952),フェデリコ・フェリーニ監督《道》(1954)および《カビリアの夜》(1956),キング・ビダー(ビドア)監督の米伊合作映画《戦争と平和》(1956)などを製作する。57年,ポンティとのプロダクションを解散し,イタリア映画界の近代化を意図してローマの近くに最新最大を誇る撮影所〈ディノチッタDinocittà〉を建設,ジョン・ヒューストン監督《天地創造》(1966),ルキノ・ビスコンティ監督《異邦人》(1967),セルゲイ・ボンダルチュク監督の伊ソ合作映画《ワーテルロー》(1970)などを製作して〈イタリア映画のキング〉と呼ばれた。 しかし,イタリア映画産業の危機が深刻化すると,〈ディノチッタ〉を閉鎖処分にして73年にアメリカに移り,そこでメジャー各社と対等の立場の独立製作者として活動を始める。…

※「ディノチッタ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android