ニコポリスの戦(読み)にこぽりすのたたかい

世界大百科事典内のニコポリスの戦の言及

【オスマン帝国】より

…中央アジアから移住したトルコ族によって建国され,西アジア(イランを除く),北アフリカ,バルカン,黒海北岸,およびカフカス南部を支配したイスラム国家。1299‐1922年(図)。正称アーリ・オスマンĀl‐ı Osman(〈オスマンの家〉の意),英語ではオットマンOttoman帝国。公用語はオスマン・トルコ語。アッバース朝やビザンティン帝国の系統を引いて整備された官僚機構による中央集権体制,被支配諸民族の宗教的・社会的自治を認める柔軟な地方統治,門閥を許さぬ能力主義などが帝国の永続を可能にした。…

【ジギスムント】より

…ボヘミア王カレル1世(神聖ローマ皇帝カール4世)の子。ハンガリー王ラヨシュ1世の娘の女王マリアと結婚してハンガリー王となり,大貴族に依存した政治を行うが,1396年オスマン・トルコ軍とのニコポリスの戦に大敗。神聖ローマ皇帝になってからは西欧への関心を高める。…

【バヤジト[1世]】より

…行動の迅速さからイルディリム(稲妻,雷帝)の異名をもつ。バルカン遠征を指揮して,ヨーロッパ諸国の騎士によって編成された反オスマンの十字軍をニコポリスの戦で撃破し(1396),ドナウ川にいたるオスマン帝国支配を確立した。1402年コンスタンティノープルを包囲したが,ティムールのアナトリア侵入を阻止するためアンカラに転戦し(アンカラの戦),大敗して捕虜となったのち死去した。…

※「ニコポリスの戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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