ノウァティアヌス派(読み)のうぁてぃあぬすは

世界大百科事典(旧版)内のノウァティアヌス派の言及

【ドナトゥス派】より

…さらに教会と国家の癒着に反対し,非ローマ化された非定住民(キルクムケリオネスcircumcellionesと呼ばれる農民と修道士たち)を巻き込んで暴動を起こした。殉教を賛美し,終末思想にもとづいて社会変革を要求する熱狂主義は,古くから小アジアとエジプトに頻発したが(モンタヌス派やノウァティアヌス派など),ドナトゥス派もその線上にあるものとみられる。コンスタンティヌス1世はこの暴動を抑えようとして,314年にカエキリアヌスの正統性を決定し,その後弾圧を加えたが効果なく,321年に寛容令を発して和解を試みた。…

【ノウァティアヌス】より

…ローマのキリスト教神学者。初期の西方教会における大規模な分派運動であるノウァティアヌス派の先駆けとなった。ストア派から転向してキリスト教の洗礼を受け,司祭となる。…

※「ノウァティアヌス派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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