パトロナ・ハリル(読み)ぱとろなはりる

世界大百科事典(旧版)内のパトロナ・ハリルの言及

【パトロナ・ハリルの乱】より

…1718年以後〈チューリップ時代〉と呼ばれたトルコ・イスラム文化の爛熟期を謳歌したオスマン帝国治下のイスタンブールにおいて,インフレに悩まされた小商工民・下層民が,パトロナ・ハリルPatrona Halil(?‐1730)の先導のもとに社会改革を求めて30年に起こした暴動。反乱者側は大宰相イブラヒム・パシャを処刑させ,スルタンを退位させて,一時期イスタンブールを支配したが,改革のための具体的プランをもたなかったために,ハリルらの指導者がオスマン宮廷の奸計によって殺害されると,反乱は短期間で鎮圧された。…

※「パトロナ・ハリル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む