ヒッタイト人(読み)ひったいとじん

世界大百科事典(旧版)内のヒッタイト人の言及

【ウマ(馬)】より

… イラン北東部のヒッサール出土の前1900年ころの印章や,小アジアのカッパドキア(トルコ中部高地)のキュルテペ出土の印章は,いずれも馬戦車の存在を示すもっとも古い証拠であるが,この小アジア,イラン,またカフカスなどの草原地帯は,旧石器時代以来,野生馬の生息地であった。またキュルテペ辺りは,インド・ヨーロッパ語系のヒッタイト人の居住地でもあった。そしてザーグロス山中にいたカッシート人が,前2000年ころメソポタミアに馬をもたらしたという記録もある。…

※「ヒッタイト人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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