ビクラマーディティヤ[2世](読み)びくらまーでぃてぃや

世界大百科事典内のビクラマーディティヤ[2世]の言及

【チャールキヤ朝】より

…以後両王朝間に抗争が繰り返されることとなり,王の晩年には逆に都バーダーミを占拠され,十数年間王朝支配は空白を余儀なくされた。654年ころビクラマーディティヤ1世Vikramāditya Iによって王朝が再興し,7代王ビジャヤーディティヤVijayādityaの治世には最も平和で安定した時期を迎えた。次王ビクラマーディティヤ2世は,パッラバ朝の都カーンチーを3度にわたって占拠し,デカン進出を企てたアラブ勢力を阻んだが,封臣たちがしだいに地方の有力者と化し,755年ころ9代王キールティバルマン2世が封臣のダンティドゥルガDantidurgaによって廃されて,その地位をラーシュトラクータ朝にとって代わられた。…

※「ビクラマーディティヤ[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

大暑

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の6月中 (6月後半) のことで,太陽の黄経が 120°に達した日 (太陽暦の7月 23日か 24日) に始り,立秋 (8月7日か8日) の前日までの約 15日間であ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android