ファッション・モデル(読み)ふぁっしょんもでる

世界大百科事典(旧版)内のファッション・モデルの言及

【ファッション・ショー】より

…それ以前はスタイル画を展示したり,人形に衣服を着せて展示したりしていた。ワースは新作の服を妻に着せ,競馬場や公園,避暑地,劇場などを歩かせて披露し,ファッション・モデル(フランス語ではマヌカンmannequin)の基をつくった。 日本で初めてファッション・ショーの名で行われた催しは1927年9月の三越染織逸品会で,30年には上野松坂屋,34年には資生堂がビューティ・ファッション・ショーを開いた。…

【服装】より

…また50年には繊維産業の復活でギンガム,エバーグレーズなど新しい服地が生まれ,51年には国産のナイロン・ストッキングが売り出された。50年代からフランスのモード界との交流が盛んになりはじめ,日本にも紹介され,ファッション・ショーの開催,そしてファッション・モデルが誕生する。また《赤い靴》や《麗しのサブリナ》など映画のファッションがとり入れられ流行した。…

【ポアレ】より

…ポアレはジョルジュ・ルパープなどの画家にオリジナルなファッション画を描かせ,またファッション・ショーを開くなど,次々に話題を集め,ファッションを社会的事件にした。マネキン・ガール(マヌカン,ファッション・モデル)を使ったのも彼が初めてといわれる。〈ファッションの王様〉といわれた彼は,衣服だけでなく,ロジーヌという香水をつくったり,ぜいたくなクラブをつくったりした。…

※「ファッション・モデル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」