プロテスタント婦人奉仕団病院(読み)ぷろてすたんとふじんほうしだんびょういん

世界大百科事典(旧版)内のプロテスタント婦人奉仕団病院の言及

【ナイチンゲール】より

…イギリス人の裕福な両親がフィレンツェに滞在しているときに生まれ,それにちなんでフローレンスと名づけられた。諸国の病院を訪れ,ことにドイツのデュッセルドルフ郊外にフリードナーTheodor Fliedner(1800‐64)の設立したプロテスタント婦人奉仕団病院で正規の看護婦訓練を受け,当時看護活動が技術無視の召使仕事と解せられた時代にあって,高度訓練を受けた看護婦がいかに重要であるかを学んだ。1853年,ロンドンの病弱婦人病院長に任ぜられたが,54年のクリミア戦争勃発には38名の看護婦を率いてトルコのスクタリ基地に従軍し,低劣をきわめる衛生条件で伝染病の続発する陸軍病院の改善に奔走した。…

※「プロテスタント婦人奉仕団病院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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