マヌエル法典(読み)まぬえるほうてん

世界大百科事典(旧版)内のマヌエル法典の言及

【マヌエル[1世]】より

…首都リスボンはアジアの香料,アフリカの金,マデイラ島の砂糖が流入し,この富を背景に絶対王制を確立した。身分制議会コルテス召集の回数を減らし,先王によって厳しく弾圧された貴族を植民地行政に組み込んで中央集権化を進めるとともに,〈マヌエル法典〉を公布して法の統一化を図った。カスティリャ女王イサベル1世の娘イサベルとの結婚によってスペイン併合の野望を抱き,女王の意向をくんでユダヤ人を追放した(1496年12月~97年10月)。…

※「マヌエル法典」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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