マラトノマコイ(読み)まらとのまこい

世界大百科事典(旧版)内のマラトノマコイの言及

【ペルシア戦争】より

…ペルシア戦争はギリシア人全体によって〈自由のための戦い〉として理解され,ギリシア人の民族と歴史の発見につながった。アテナイにおいては〈マラトン戦士(マラトノマコイ)〉は市民の理想像となった。後日,アレクサンドロス大王の東征,また近代ギリシアの独立戦争も〈ペルシア戦争〉と意識された。…

※「マラトノマコイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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