一色道猷(読み)いっしきどうゆう

世界大百科事典(旧版)内の一色道猷の言及

【征西将軍】より

…親王は薩摩国谷山郡(現,鹿児島市)の谷山城を本拠として谷山御所と称し,肥後国の菊池氏,阿蘇氏をはじめ南朝支持勢力の組織化に努めた。親王の先発として肥後に入っていた中院義定は菊池氏の軍勢を率いて筑後国に進出し,大宰府攻略を意図したが,九州管領(九州探題)一色道猷(範氏)の反撃によって失敗し,後退した。そこで南朝勢力の組織化の拡大と確立を意図した征西将軍宮は滞在約5年に及んだ谷山御所を発し,水路宇土(うと)(現,熊本県宇土郡)に上陸し,御船城(現,上益城郡御船町)を経て43年1月菊池城(現,菊池市)に入り本拠とした。…

※「一色道猷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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