七条鴻臚館(読み)しちじょうこうろかん

世界大百科事典(旧版)内の七条鴻臚館の言及

【鴻臚館】より

…815年(弘仁6)3月,客館に疾病者が寄宿し,死骸が遺棄されているとして,弾正台と京職に取締りを命じているが,これは初期の鴻臚館のことであろうか。七条鴻臚館は,七条大路の北,朱雀大路をはさんで東西に設けられ(広さはともに方2町),東(西)鴻臚館もしくは鴻臚東(西)館と呼んだ。ただし839年8月,東鴻臚院地2町が典薬寮にあてられ薬園とされていること,868年(貞観10)鴻臚館の監守を木工寮と右京職に命じていること,《延喜式》に守客館2人を右京職にだけ置いていること,などから判断するに,機能していたのは右京の鴻臚館であったものと思われる。…

※「七条鴻臚館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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