三井報恩会(読み)みついほうおんかい

世界大百科事典(旧版)内の三井報恩会の言及

【三井財閥】より

…32年3月団琢磨三井合名理事長が血盟団員のテロで暗殺され,三井の〈転向〉が始まった。総帥三井高棟は代を高公に譲って隠退し,団に代わった池田成彬によって株式の公開や定年制導入,三井報恩会設立による社会事業への多額の寄付などが相次いで実行された。一方で満州事変勃発から日中戦争を経て太平洋戦争へと戦時経済が進行するなかで,財閥はその事業基盤を軍需中心の重化学工業に拡大せざるをえなくなり,資本需要が著増した。…

※「三井報恩会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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