三元里の戦(読み)さんげんりのたたかい

世界大百科事典(旧版)内の三元里の戦の言及

【アヘン戦争】より

…奕山は広州和約を結び,清朝軍の広州城撤退,贖城(しよくじよう)費の支払い,イギリス軍の駐留承認,イギリス商館への賠償などを約した。
[三元里の戦]
 5月末,イギリス軍は広州城北方の三元里で,付近一帯の郷村指導者によって組織された平英団に包囲され,大打撃を被った。その後広州近隣では,郷村教育機関であった社学を中心に,地主,郷紳が地方自衛組織としての団練を作り,それらはアヘン戦争を機に拡大する傾向を示した。…

※「三元里の戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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