《三十三年之夢》(読み)さんじゅうさんねんのゆめ

世界大百科事典(旧版)内の《三十三年之夢》の言及

【宮崎虎蔵】より

…1897年に孫文と相知った虎蔵は,99年には孫文とともにフィリピン独立戦争を助け,翌年には孫文の恵州蜂起を援助した。蜂起失敗後,某政商の背任事件との関連で虎蔵は一時革命運動の戦列をはなれて浪花節語りとなって生計の途を講ずるのだが,この間に自伝《三十三年之夢》を書いて革命家孫文を世に紹介した。 ついで1905年,黄興と孫文とを提携させて中国同盟会の成立をうながした。…

※「《三十三年之夢》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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