三国丸(読み)さんごくまる

世界大百科事典(旧版)内の三国丸の言及

【和船】より

…たとえば,幕府は1669年(寛文9)長崎代官末次平蔵に唐船を1艘つくることを命じ,長崎―薩摩―品川間を春風に乗って15日で走破したという記録を残している。また1786年(天明6),老中田沼意次は,洋式船の肋骨構造,中国式船の横隔壁,ベザイ船の上部構造(上甲板以上の造作)という,洋・中・和三国の船それぞれの誇る長所を巧みにとり入れた船体に,和洋折衷の帆装を備えた,〈三国丸(さんごくまる)〉という船をつくらせた。そして,ベザイ船ではとうてい航行不能とされていた冬季荒天の日本海をみごと乗り切っている。…

※「三国丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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