《三国伝灯記》(読み)さんごくでんとうき

世界大百科事典(旧版)内の《三国伝灯記》の言及

【藤原鎌足】より

…また興福寺中金堂の本尊は,鎌足が蘇我入鹿誅伐のために発願したと伝える(《興福寺濫觴記》)。興福寺,春日社では,本来,鎌足夫人の鏡女王が夫の病気平癒のために発願した維摩会(ゆいまえ)が,鎌足をまつる法会となり,この維摩会に用いられる大織冠画像供養の講式《三国伝灯記》(覚憲著,1174成)では,鎌足が維摩居士の化現,垂迹であると説かれている。このようにして,鎌足の伝説が徐々に形成されてくるが,《聖徳太子伝暦》でもその末尾に鎌足らの入鹿誅伐が記されているところから,中世の聖徳太子伝の展開にしたがって,鎌足伝説もまた展開してゆく。…

※「《三国伝灯記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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