三沙汰人(読み)さんさたにん

世界大百科事典(旧版)内の三沙汰人の言及

【金剛峯寺】より

…第5代座主済高(せいこう)のとき高野山に執行職(しぎようしき)をおき,第4代執行雅真のときから検校(けんぎよう)とも称するようになった。12世紀初頭には,従来の三綱(さんごう)に代わって年預職がおかれ,預,行事とともに〈三沙汰人〉と称され,教団の自治機関が整った。ついで覚鑁(かくばん)が出て,真然のときに創設された大伝法会を中興して大伝法院を建立し,春秋2季のおのおの50日間の伝法大会を行った。…

※「三沙汰人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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