三療(読み)さんりょう

世界大百科事典(旧版)内の三療の言及

【当道】より

…さらに盲人の官位の昇進に莫大な官金を徴し,これをそれぞれ盲人を扶持していた大名家などが負担して収めたので,職屋敷およびその分配にあずかった取立検校らは,莫大な収入を得て,高利貸を営む者まで生じた。江戸時代には,平曲のみならず,地歌,箏曲などの音楽芸能も専業とするほか,三療(鍼,灸,按摩)に従事する者もあった。明治維新後,1871年(明治4)に当道組織は解散させられたが,とくに地歌演奏団体において名のみ遺存させて,それらの団体から私的に検校,勾当などの称号を発行することも行われている。…

※「三療」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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