三菱一号館(読み)みつびしいちごうかん

世界大百科事典(旧版)内の三菱一号館の言及

【近代建築】より

…これらの資材の国産化は直接建築の西欧化を目標とするものではないが,のちの近代建築成立期の技術的背景を形成した。明治時代の主要な建築として,上野博物館(1881,コンドル),三菱一号館(1894,コンドル),東京裁判所(1896,エンデ,ベックマン,ハルトゥング),日本銀行本店(1896,辰野金吾),横浜正金銀行(1904,妻木頼黄(よりなか)),赤坂離宮(1909,片山東熊)などが挙げられる。明治における西欧風様式建築導入に見られる著しい特色は,西欧の建築体系をその全体でなく,日本が必要としていた側面においてのみ積極的導入がはかられたことである。…

【東京[都]】より

…この地はそれまで陸軍用地であったが,経済地区として多くの財界人の注目を集めていた。結局,三菱がこの地を手に入れ,94年の三菱一号館をはじめ後に一丁ロンドンと呼ばれたオフィス街をつくっていく。丸の内は1914年の東京駅の開業によって名実ともに日本のビジネス・センターへと成長していく。…

※「三菱一号館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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