三衙(読み)さんが

世界大百科事典(旧版)内の三衙の言及

【三司】より

…宋代の三司使は,参知政事(副宰相)に次ぐ重要な役目として計相と称されたが,元豊(1078‐85)の官制改革のとき廃止され,唐制の尚書六部の一つたる戸部とその四曹が復活した。(4)宋代の禁軍である殿前司と侍衛馬軍司・侍衛歩軍司を三司といい,また三衙といった。五代では殿前都点検という禁軍の総司令官がいて,これが天子に推される傾向にあったので,宋の太祖は禁軍の組織を改編し,それぞれに都指揮使などの官職を設け,権力を分散させたのである。…

※「三衙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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