世界大百科事典(旧版)内の下津城の言及
【尾張国】より
…この時期,守護所は鎌倉街道沿いの下津(おりづ)におかれていた。下津城址と推定される地域から,近年多くの中世陶磁,漆製品,木簡などが発掘されている。 織田氏一族は,早くより実質的な領域支配者としての性格を備え,坂井氏のように斯波氏家臣として同列にあった者までも,自己の被官として組織化していった。…
※「下津城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…この時期,守護所は鎌倉街道沿いの下津(おりづ)におかれていた。下津城址と推定される地域から,近年多くの中世陶磁,漆製品,木簡などが発掘されている。 織田氏一族は,早くより実質的な領域支配者としての性格を備え,坂井氏のように斯波氏家臣として同列にあった者までも,自己の被官として組織化していった。…
※「下津城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...