世界大百科事典(旧版)内の《不恤緯》の言及
【蒲生君平】より
…荒廃した歴代天皇陵を調査し,1808年(文化5)《山陵志》を著したが,これは幕末尊王論に大きな影響をあたえた。また,ロシア軍艦の北辺出現を契機として1807年に《不恤緯(ふじゆつい)》を著し,幕閣に危機意識と海防の必要性を訴えた。林子平,高山彦九郎とともに〈寛政の三奇人〉と呼ばれる。…
※「《不恤緯》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…荒廃した歴代天皇陵を調査し,1808年(文化5)《山陵志》を著したが,これは幕末尊王論に大きな影響をあたえた。また,ロシア軍艦の北辺出現を契機として1807年に《不恤緯(ふじゆつい)》を著し,幕閣に危機意識と海防の必要性を訴えた。林子平,高山彦九郎とともに〈寛政の三奇人〉と呼ばれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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