与田銀治郎(読み)よだぎんじろう

世界大百科事典(旧版)内の与田銀治郎の言及

【染料】より

…ところが1914年,第1次大戦の勃発によってドイツからの染料の輸入がストップし,国内自給の必要性に迫られた。 1914年,与田銀治郎が岡山県児島郡琴浦町に与田銀染料製造所(現,住友化学工業岡山工場)を設立し,硫化ブラックの工業化に着手し,福岡県大牟田市にあった三井鉱山三池焦煤製造所(現,三井東圧化学大牟田工業所)ではアリザリンレッドの工業化に成功している。15年には〈染料医薬品製造奨励法〉が公布され,16年に設立された半官半民の日本染料製造(1944年住友化学工業と合併)をはじめ多くの染料製造会社が設立された。…

※「与田銀治郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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