与野本町(読み)よのほんまち

世界大百科事典(旧版)内の与野本町の言及

【与野[市]】より

…市域の大部分が大宮台地上に位置するが,中央部に高沼(こうぬま)の,西部に荒川の低地があり,全体として小起伏に富む。中心の与野本町は,中世に鎌倉街道の宿駅としておこり,江戸時代には中山道の脇往還の宿駅で,4・9の六斎市の立つ市場町でもあった。明治前期の東北本線,高崎線の開通までは,浦和宿や大宮宿をしのぐ隆盛をみたといわれ,今も往時を物語る家並みや商家が残る。…

※「与野本町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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