中仏北京条約(読み)ちゅうふつぺきんじょうやく

世界大百科事典(旧版)内の中仏北京条約の言及

【北京条約】より

…内容は,1858年の天津条約が有効であることを確認したほか,(1)賠償金増額,(2)天津開港,(3)中国人労働者の海外渡航,(4)九竜半島市街地部分の割譲,を定めた。次いで,奕訢とフランス全権グロBaron Grosとが調印した中仏北京条約は,イギリスと同様に(1)~(3)を定めたほか,中国側が没収したカトリック教会の財産の返還を認めさせた。さらに,奕訢とロシア駐華公使イグナティエフN.P.Ignat’evとの間で中露北京条約全15条が調印された。…

※「中仏北京条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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