中露北京条約(読み)ちゅうろぺきんじょうやく

世界大百科事典(旧版)内の中露北京条約の言及

【北京条約】より

…次いで,奕訢とフランス全権グロBaron Grosとが調印した中仏北京条約は,イギリスと同様に(1)~(3)を定めたほか,中国側が没収したカトリック教会の財産の返還を認めさせた。さらに,奕訢とロシア駐華公使イグナティエフN.P.Ignat’evとの間で中露北京条約全15条が調印された。内容は,(1)璦琿(あいぐん)条約で中立地帯とされたウスリー(烏蘇里)江東岸の割譲,(2)クーロン(庫倫),張家口における貿易の許可,(3)カシュガル(喀什噶爾)を交易地として開放すること,などが約され,翌年ウラジオストクが建設された。…

※「中露北京条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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