世界大百科事典(旧版)内の二十五三昧講の言及
【過去帳】より
…前者の前書には〈梵漢和三州之過去帳縁起〉とあって,大過去帳はインドからあったという。そして日本では比叡山延暦寺に貞観年中以来の過去帳があるというが,過去帳の初めは平安中期の二十五三昧講の過去帳からはじまったことは疑いをいれない。これは二十五三昧講が,結衆の中に死者があれば,残った講衆が毎月その回向をしながら相続したからである。…
【無常】より
…これはインドの祇園精舎に重病人を収容する無常院があって,人の死にあたって鐘が打たれたことをあらわし,日本ではすべて人の死を無常事といい,葬送の相互扶助を目的に結ばれた講社を無常講,略して講組という。その発祥は平安時代中期の二十五三昧講にあり,祇園精舎無常院にならって往生院を建て,ここで病者を往生させ,死後の葬式と供養を行った。これが後に阿弥陀堂となったともいわれる。…
※「二十五三昧講」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」